注目の研究紹介
解剖学講座 発生生物・再生医学分野 原田 英光 教授らグループ
歯の幹細胞研究の展開とその成果
エナメル質は、生体で最も硬い組織です。なぜ、このような硬い組織ができるのであろうか?歯科医師にとってエナメル質は、切っても切れない、もの…………その不思議をずっと追い求めてきました。
エナメル質の形成過程
エナメル質の形成は、歯が発生する歯堤に始まります。歯堤には歯を作る細胞の幹細胞が存在しています。歯堤から蕾状期歯胚が生み出され、帽状期歯胚、鐘状期歯胚と変化しながら、エナメル質や象牙質を作っていくのです。これを一本の歯で観察できるのがマウスの切歯です。この切歯の幹細胞を発見して、幹細胞の制御機構や幹細胞のマーカーを明らかにしました。この成果は今話題の歯生え薬の開発にも繋がりました。
エナメル芽細胞は。細胞の形や機能をいくつも変えながら、エナメル質を作り上げます。エナメル芽細胞は、細胞増殖を繰り返してエナメル質のアウトラインを決めて((内エナメル上皮)、エナメルタンパクを分泌してエナメル質の鋳型を作り(基質形成期エナメル芽細胞)、最終的にその鋳型を分解吸収して、その隙間をハイドロキシアパタイトの結晶で埋めます(成熟期エナメル芽細胞)。その結果、97%ハイドロキシアパタイトの硬い組織ができあがります。その後、歯と歯肉を繫ぐ上皮(接合上皮)として歯と歯周組織を守ります。
幹細胞の発見とその制御機構
マウスの切歯は、バナナのような形をしており、根元にはapical budとよばれる上皮の膨らみがあります。毛で言うとバルジとよばれるものですが、ここに幹細胞がいます。この幹細胞は、間葉からのFGF10によっ維持され、Notchとよばれるシグナル系によってエナメル芽細胞になる細胞とそれ以外の細胞になるように振り分けが行われます。また、幹細胞はあまり分裂しないように制御されており、その環境は低酸素状態で維持されています。幹細胞は比較的静かに維持されなければならず、生涯にわたって安定的に細胞分裂することが必要です。この幹細胞から、活発に分裂する内エナメル上皮細胞が作り出されていき、エナメル質のアウトラインとなっていきます。内エナメル上皮細胞の増殖と移動のパターンによって、咬頭の数や形が決められていき、この制御は様々なシグナルを発信するシグナルセンター(エナメルノット)が担います。
J. Cell Biology, 1999
Development, 2021
基質形成期エナメル芽細胞の制御機構-新しいメカニズムの発見
基質形成期のエナメル芽細胞は、アメロゲニンなどのエナメルタンパクを分泌してエナメル質の鋳型(鋳造クラウンのワックスアップのようなもの)を作ります。この分泌制御機構にセマホリンとその下流で働くとRhoシグナルが重要であることを見つけました。このシグナルによって、エナメル芽細胞は,いままで活発に増殖していた活動を止めて、背の高い極性を持ったエナメル芽細胞になることができるのです。同時にこのシグナルはAktのシグナルを活性化してアメロゲニンの分泌を誘導します。
成熟期エナメル芽細胞の制御機構
成熟期のエナメル芽細胞は、エナメルタンパクでできた鋳型を、今度は分解・吸収します。分解してできたスペースにカルシウムとリンを輸送してハイドロキシアパタイトの結晶を作ります。不思議なことに、この成熟期エナメル芽細胞は波状縁をもった細胞ともっていない細胞の2つのタイプが繰り返し表れるのですが、その理由は不明でした。我々はこの細胞が好気的代謝(波状縁をもつ細胞)と嫌気的代謝を交互に繰り返していることを明らかにしました。この研究の延長で細胞の代謝と低石灰化型エナメル質形成不全症との関連を探索してこの疾患の病態解明を進めています。
歯と歯周組織を守っている最後のエナメル上皮ー接合上皮
エナメル質を形成したエナメル芽細胞は、最後は歯や歯周組織、さらに我々の体を感染から防ぐバリア細胞として重要な働きをします。
本来我々の体は、オレンジ色で示すように上皮細胞によって覆われており、外界からの細菌やウイルス、毒素などの侵入を防ぐように働いています。但し、歯が生えているところだけは、上皮細胞の連続性は途絶えています。このエナメル質と歯肉との間を閉鎖して異物の侵入から防いでいるのが接合上皮です。接合上皮は、エナメル芽細胞が最終的なに分化した細胞ですが、成熟期エナメル芽細胞の特性を維持してエナメル質に強固に接着します。接合上皮を失うと歯周炎を発症しやすくなりますし、インプラントではこの接合上皮がないために非常に高い割合でインプラント周囲炎を発症します。我々は、この細胞がエナメル質やチタンに接着するために分泌するエナメルタンパクを同定して、精製するところまで進めています。将来的な治療薬としての応用を目指しています。
J. Bone. Mineral. Res., 2016
Front. Physiol., 2022
歯界展望, 2023